借金夫との決別 ~もう夫はいらない~

夫のギャンブルによる借金が原因で52才で離婚しました。 ~2017年現在は55才('v')ゞ~ 離婚までの経緯と、その後を書いてます。 投稿後も読み返して、思い出した事を書き加えたり、おかしなところは訂正してます。 変な文章や、漢字の間違い、計算間違いなどがありましたら鋭いツッコミお願いします。 新しい記事を投稿して2~3日ほどは追記、変更が多いですので、結構変化があります。 なのでちょこちょこ見に来てくださいね! そして、おこがましいですが、私の経験が誰かのお役に立てたら嬉しいです。 たくさん流した涙が無駄にならないと思うから。 さて、これからどうなるでしょうか。 見守ってやってください。 末永くお付き合いよろしくお願いします。('◇')ゞ

K子

縁は異なもの K子



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 大切な友達K子のお話し。
 

 K子は小さい頃から背が高く、中学生3年生の時は168㎝ありました。
私は154㎝と小柄なので凸凹コンビと言われていました。

中学生の頃、2人で街に遊びに出かけると、男の人から声をかけられるのは決まってK子。
背が高く美人で目立つんです

 ある時、顔を赤くした男の人が彼女に、

「僕は〇〇大学の〇年生なんですが、あなたはどこの大学生ですか?」って声をかけてきて、

K子
「いえ、大学生じゃありません」

大学生
「高校生ですか?」

K子
「いえ、高校生じゃありません」

大学生
えっ働いてらっしゃるんですかってびっくりされて。

K子
「違います、違います、中学生です。」

その時の大学生のびっくりしたような、がっかりしたような顔は今でも覚えています。

後で2人して笑い転げました。



 K子が高校1年の時に男子校の高校3年の彼と付き合っていましたが、彼の身長が185㎝。
K子は173㎝になっていました。
モデルスタイルの美男美女ですれ違う人が必ず振り返りました。

 彼が地方の大学に通うようなり遠距離恋愛になっても2人はラブラブでK子は彼の寮によく遊びに行き、彼もまたよく帰ってきました。

 遠距離恋愛の初めは、彼を連れていく電車なんか大嫌いと電車を見ては泣いてたけど、今は私を彼の所まで連れて行ってくれるのも電車なんだなーと思うようになったと言ってたなぁ・・・。


 小さい頃に浮気と借金で生き別れた父親を慕ってた父親コンプレックスのK子は、彼に甘えて彼もそれが嬉しいようで見ていて微笑ましくて、『世界は2人のために』って言葉はこの2人のためにあるわねと思っていました。

 K子が彼の学生寮に泊りに行く時に、私も1度か2度旅行がてらに、ついて行ったことがあります。

しましたよー。

朝です。

顔を洗う時に、K子の長い髪が邪魔にならないように、彼は後ろからK子の髪の毛を束ねて持っていました。

いつもの事のように自然な手つきで。
K子の事が大好きなんだと、ホントによくわかりました。
サザンオールスターズの「私はピアノ」の歌いだしの歌詞、

人も羨むよな仲がいつも自慢の2人だった。

まさにK子と彼の事です。
この歌を耳にするたび2人の事がよみがえります。


                       


 借金や浮気で離婚した父親でも子どもはやっぱり慕う気持ちがあるんですね。
K子はずっと父親の愛を求めていました。
父親が悪いってわかっていても、新しい家族がいるのも知ってるけど会いたい。と
妻であるK子のお母さんから見ると、とんでもない奴だと思うけど
子どもは夫婦が別れた時の年齢が小さい時ほど、離れ離れになった親を求める傾向があるように思います。


 彼が大学の3回生になり就職活動が始まりました。
母1人子1人のK子の家庭、2人の気持ちを思い、採用では不利になるのにも関わらず、会社面接では「転勤はできない」と言ってくれてたので、周りのみんなは2人は結婚すると思っていましたが、K子と彼は付き合って7年半で別れました。


 原因は何だったのか、聞いてもよくわからなかったのですが、いろんな事のすれ違いでしょう。
ただショックでした、多分周りのみんながショックを受けた。
恋愛経験の少ない私は、2人を通して自分も恋愛をしてる気になってた部分があるから、愛って何?って「愛」に不信感を持ちました。

その時K子が言ったのは、
「7年半も付き合って結婚しないのは結局は縁がないって事。
縁があったら出会ってすぐにでも結婚するのよ。」


 いくら好きでも「縁」がなかったら何故か、どこからか邪魔が入り結婚できないもの。
「縁」という言葉で片付けるには乱暴で理不尽かも知れませんが、そういう事ってあるなぁと思います。

最後まで読んで下さってありがとうございました
      



大切な時間。K子


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 大切な友達K子のお話し。(2)

 私は結婚して子ども2人の子育てに忙しくしていて、まだ元夫に借金があるなんて思いもしなかった頃です。


ある日K子から電話がありました。

しばらく会ってなかったので、もうほんとに懐かしくて電話をくれたのが嬉しくて。

「久しぶりやねー!元気?」と言うと、「私病気になってん、乳がんになってん・・・。」

私はもう心臓が止まりそうでした、「おばちゃんといっしょやん・・・!」小さな叫びでした。

「そうやねん、」とK子。

K子のお母さんはK子が26才の時に乳がんで亡くなられました。

そこから、もう何を話したのか、
いえ2人ともしばらく黙ったままだったのかも知れせん。

 それからすぐの土曜日、夫(当時は)に子どもを預けて、K子を訪ねました。
お布団に横たわるK子は、私の知ってるK子ではありませんでした。
すっかり変わっていて足がすくみました。


こんな事があったね、あの時はこうだったね、楽しかったねと色んな昔話をして過ごしました。

別れてからもう1年近く経っていましたが、彼に会いたいというので、後日連絡をとりました。


 彼はK子と別れてからは淋しくてたまらずに、1年も経たずに同じ会社の人と結婚しました。
彼が結婚した事を知ったK子はその当時、彼の事を「意気地なし」と言いました。


 連絡をするとすぐにお見舞いに来てくれた彼は、K子と付き合ってる間は浮気なんかしたことなかったけど、結婚してからは何回も浮気したと告白しました。
K子と結婚できなかったから、もう誰でもよかった、投げやりになったと。
彼は会社の同僚ではなく彼のお母さんの知り合いの娘さんと結婚したのでした。


K子は自分が淋しがり屋だから人を淋しがらせるような事はなかった。

K子は、とても細やかな気遣いをする人なので、彼はK子と別れて他の人で満足できるはずないと思ってたけど、やっぱりそうだったんだと思いました。



「kakincoは気を遣わなくてもいいところで気を遣って、を遣わなくていい所で一生懸命気を遣ってる」

とK子に言われてショックでしたぁ。



 K子は小さい頃に離れ離れになったお父さんにも連絡していました。

K子のお父さんは、K子のお母さんとの離婚原因となった浮気相手と再婚されて、その方との間に娘さんが2人いらっしゃいます。
中学生の時に遠方に住むお父さんの新しい家族に会ったと言ってました。
上の女の子、K子からみればお母さんの違う妹。

初めて会った上の妹が自分にそっくりでびっくりした、血がつながってるんだなーと思ったと言ってました。
妹さんたちも複雑な心境だったでしょう。

そういえば、K子はどこもお母さんに似てませんでした。

K子からの「乳がんになった」との連絡を受けたお父さんがK子に会いに来られました。
「お父さんのお見舞い金は、5,000円」だったとK子が淋しそうに言いました。

「お父さんは今でも、新しいお嫁さんに縛られて自由になるお金もない、お父さんが可哀そう」
と、やっぱりお父さんをかばうんだなぁ、と思いました。

優しいK子がとても悲しかった。

「もっとしっかりして下さい」とK子のお父さんに言いたかったけど、お父さんにもいろんなご事情があったのでしょう。

最後まで読んで下さってありがとうございました
      



K子 アメリカへ 


 
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 大切な友達K子のお話し。(6)


 K子が整形外科医院の近くに引っ越したので、互いの家が離れてしまい、私とK子に距離ができてしまいました。

当時は携帯電話が今ほど普及してなかったし、私は持っていませんでした。

今ならまた違ってたと思います。

引っ越して1年後、K子には彼氏ができました。

アメリカ在住の日本人。
お仕事は整体師で開業医です。

一体どこで知り合ったのか、聞いたと思うけどあまり覚えてなくて。

結婚を前提にお付き合いをしていて、結婚後はアメリカに渡ることになるので、その前に1ヶ月ほどアメリカのシアトルの彼の家でお試し同居をしました。

 私の元にシアトルの名所スペース・ニードルの絵葉書が送られてきて、K子の美しい文字で楽しくしてると近況が書かれていました。
シアトルはアメリカでも自然豊かで気候も穏やかで治安のいい都市でアメリカ人の住みたい所No.1だと言っていました。
 
 彼は美しいK子が自慢でパーティーがあるたびにK子を伴って参加しお友達に紹介しました。

K子は美しいだけでなく、知識が豊富ですし、この人と仲良くしたいと思わせる、人を惹きつける魅力があるんです。
困っている人がいれば親身になって動きますし、尽くします。



 初めのうちは良かったんです。
そのうち周りの友達がK子を高く評価するようになり彼が嫉妬しはじめ、K子との仲がぎくしゃくするようになってしまいました。

残念ながら結婚には至りませんでした。

男の嫉妬ってなかなか厄介なもののようです。

 K子が乳がんになった時、まだ連絡を取り合っていた彼にも知らせました。

1人暮らしのK子を思い治療にはお金が要るだろうと、すぐに100万円とフランス製の乳がんの痛みを和らげる塗り薬を送ってくれました。

K子から別れを告げたので彼は振られた立場ですが・・・。

この頃彼には新しい彼女ができて婚約中でした。
でもそうさせる魅力がK子にはあるのです。

最後まで読んで下さってありがとうございました
      



ファッションモデルから占い師に K子



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 大切な友達K子のお話し。(3)



 19才の時、K子は彼のお母さんの紹介でモデルクラブに所属し、モデルとして活躍していました。
彼のお母さんは服飾デザイナーです。

K子はファッションショーやテレビのCMなんかにもちょこっと出ていました。
でも、モデルと言えば女性の世界。
人間関係に疲れたて、3年ほどで辞めてしまいました。

 ある日、みてもらった四柱推命の占いのおばさんから

「あなたは占い師に向いてる、紹介するからこの先生の所で学びなさい」
と言われ、すぐに紹介されたおじいさん先生の教室へ通い出しました。
私も同じ人にみてもらったんですが、
「う~ん、結婚して主婦でもしたら?」
と言われました。

「主婦でも、なんて主婦に失礼でしょ!」
ずいぶんな言い方だな
とカチンときたことを覚えてます。

それにしても「私にも何か素敵なアドバイスはないんかーい」と心の中でツッコんでました。

 K子は元々小さい頃から神秘的な事が好きでしたので、占いも好きで自分でもいろんな本を買ってお勉強して、自己流でしたが周りのお友達や私の事を練習台に鑑定してました 。

私が街角の手相鑑定をしてもらって「あなたはかわいそうなくらい神経質ですね」って言われた。

とK子に話したら、K子は私の掌を見て「うそやー!」と笑いました。
kakincoみたいに線の粗い人は珍しいと言われました。
神経質な人は細い線がいっぱい入ってるよー
「ほらっ!」と自分の掌を見せました。



 本格的に学んでからみてくれた私の事は

「晩年ちょっとしんどいな、でもまぁ私がいるから大丈夫やろ」と言ってくれました。

私の晩年、50代が晩年なら確かにしんどい 

実は私の結婚もあまりいい顔をしませんでした。
K子のいう事をきいてたらよかったかなぁ。

 K子は四柱推命はよく当たると言ってました。
自分の寿命もわかると。

自分は長生きする、ただ大変な事が起きる年があってそれを乗り越えたら長生きする。
K子はファッションモデルから占い師に転身しました。

最後まで読んで下さってありがとうございました
      



民間療法と気功 K子



今日もご覧いただき
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 大切な友達K子のお話し。(4)


 K子はお母さんが病気になってからは、今まで以上に健康に気を遣うようになりました。
お母さんの体にいいものをという思いと、乳がんは遺伝する確率が高いと言われているからでしょう。

 食べ物も体にいいと言われるものは試してました。

【マコモ】や【ミキプルーン】など。

他にもありましたが忘れてしまいました。
どこからこんな情報をもらってくるの?と言うほどいろんな事、物、話を知ってました。

当時はパソコンも今ほど普及してない時代ですので私はいつも不思議に思ってました。

 【マコモ】を私に「食べてみ、どんな味がする?」と聞くので、「緑の味、草の味しかしない」と言うと「健康やな」と言われました。

【マコモ】はその人の健康状態によって味が違うらしいです。

 食物だけではなく気功にも興味を持ち、中国人の気功師の2ヶ月12万円くらいだったかなぁ?
気功の初心者コースに通いました。

(中国ではスポーツ医師をされてたそうですが中国の医師免許では日本で医師ができないので日本では気功を教えている先生です)

私も引きずられるように一緒に通いました。

K子は気功の先生にも、一緒に習ってる教室のおば様方にもすぐに気に入られました。

気功って難しくて私はまったくピンときませんでしたが、K子は「指先がビリビリする~」なんて言ってました。
気功教室の帰りには「すごいっ!街がピカピカして見える!」なんて。
K子にはして見えるんですって。

私にはいつもの景色でしたが


とにかくK子は何でも習得が早いんです。



K子に乳がんが見つかったのは36才。
(この頃K子と私はK子の転居と私の結婚がきっかけでちょっと疎遠になっていました)

腫瘍はまだ1㎝ほどでお医者さんからは「すぐに切除しましょう」と言われましたが、K子は切除手術を拒みました。

お母さんの妹で、K子にはたった1人の身内のおばさんが、いくら手術を勧めても民間療法で治すと言って聞き入れませんでした。

まだ独身ということもあったかも知れませんし、お母さんの乳がんの治療や手術を間近で見ていて納得しなかった事もあります。

それに、自分の強運を信じてたので民間療法に懸けたのです。

K子の乳がんの話を聞いた時は、私もK子の強運を小さい頃から近くで見てきましたので、きっと治ると信じて疑いませんでした。

最後まで読んで下さってありがとうございました
      



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