借金夫との決別 ~もう夫はいらない~

夫のギャンブルによる借金が原因で52才で離婚しました。 ~2017年現在は55才('v')ゞ~ 離婚までの経緯と、その後を書いてます。 投稿後も読み返して、思い出した事を書き加えたり、おかしなところは訂正してます。 変な文章や、漢字の間違い、計算間違いなどがありましたら鋭いツッコミお願いします。 新しい記事を投稿して2~3日ほどは追記、変更が多いですので、結構変化があります。 なのでちょこちょこ見に来てくださいね! そして、おこがましいですが、私の経験が誰かのお役に立てたら嬉しいです。 たくさん流した涙が無駄にならないと思うから。 さて、これからどうなるでしょうか。 見守ってやってください。 末永くお付き合いよろしくお願いします。('◇')ゞ

借金夫

調停離婚 私の主張書面 ①



   ご覧いただき
ありがとうございます 

32才で結婚し20年間ともに暮らした夫と52才で離婚しました。


原因は夫の借金です。


離婚までの記録とその後を書き綴っていきたいと思います。


◆これは調停離婚の際に提出した私の主張書面です。

平成26年(家〇〇)第〇〇号

   主 張 書 面 

 夫とは職場で出会い1年ほどのお付き合いで結婚しました。

結婚して1年ほどで長女を授かりその2年後に次女が生まれました。
長女が4歳、次女が2才の頃。


住宅ローンを組んで2,950万円の中古マンションを購入しました。


元夫は会社員で安定した収入がありました。


でも

決して楽な家計ではありませんでしたので、私も週3日深夜の時間帯、22時~朝の6時までのケーキ工場のパートを始めました。


夜なら夫が会社から帰宅してるので、子どもたちだけにならないというのが理由です。


家族4人と猫1匹穏やかに暮らしていました。


 結婚当初、彼には2,500万円ほどの預金がありました。


300万円をマンション購入の頭金に350万円をリフォーム代に支出しました。


なので彼の手元には1,850万円ほどは残っていたと思います。


贅沢しなければ子供たちにちゃんとした教育を受けさせてあげられるだろう。
繰り上げ返済もできたらいいな、なんて考えていました。


 マンションを購入して1年が経った頃。

聞いたことのない個人名の電話やカード会社からの督促状が次々と届き大変驚きました。


借金をしているのか、何に使ったのかと問い詰めると小さな声で


「競馬に使った・・・」と。


本当にショックでその時の体の感覚は今でも忘れられません。
ふわふわしてしっかり立てていないそんな感じです。


すでに彼の預金はすっかり無くなっていました。


ゼロ

無くなっていたというより借金があるのでマイナスです。


 これから子どもたちにかかる養育費・教育費・住宅ローンを考えると不安でなりませんでした。


「もう競馬はしない」


夫は約束したのでその言葉を信じ私の預金100万円と長女の学資保険100万円そして積み立ての保険
介護保険などを解約して返済に充てました。


忘れてしまいたい記憶なのであやふやになっています。
もう少し返済したかもしれません。


何もなかったと言い聞かせながらいい家族のふりをしました。
表面上はほんとに普通の家庭だったと思います。


砂の城
少しつつけばサラサラと崩れていく不確かで、不安定な家庭
とても苦しく辛かった。

膝を抱えてうずくまっている小さい私、喉の奥にそんな姿がありました。






2年後・・・

また知らない個人名の電話がかかってくるようになりました。
嫌な予感が雨雲のように心に広がります。


借金は完済したと言ってっていたのに、前の借金の残りがあったようでそれを私に言えずにその穴埋めという名目で競馬に使っていたのです。


その借金が500万円を超えていたと思います。

10社くらいからの借り入れがありましたから。

当然離婚を考えました。

でも

子供はまだ小さく頼れる実家もなかったので、不安な気持ちのまま何とか自分の気持ちを抑え込み、結婚生活を維持する事にしました。


 その頃転勤の話があり、その借金を抱えて家族4人とネコ1匹で行きました。


赴任先に向かう車を運転する夫の横で、話すこともなく変わっていく美しい景色を、ただ瞳に映していました。


長女は年長さん、次女は幼稚園に上がる前でした。


調停離婚 私の主張書面 ②
 調停離婚 私の主張書面 ③

                   
    


 


最後まで読んで下さってありがとうございました

 

調停離婚 私の主張書面 ②



赴任先は山が近くに見え、田んぼや畑も多く近くの川では蛍が見られるのどかな所で都会育ちの私には新鮮でした。


 不安を隠すように見かけは穏やかな日々が流れていました。


 でも、しばらくすると赴任先の家にもローン会社からの電話が毎日鳴るようになりました。


 ある日

夕食の支度をしてる時インターホンが鳴りました。


ドアを開けると郵便局員さんが困惑の面持ちで立っていました。

手に持っていたのは漆塗りの立派な箱に入ったお悔み電報でした。


お葬式でもないのにお悔み電報。


郵便局員さんも戸惑ったでしょう。

この漆塗りのお悔み電報は配達にきてくれた郵便局員の方が「受け取り拒否できますよ」と教えてくれたので受け取りませんでした。

私の様子がおかしかったのでしょう。


それにこの頃はこういう嫌がらせが少なくなかったのかもしれません。


怖くて怖くて110番に電話をしていました。


「どうしましたか?」と聞かれ話しをしているうちに、次から次から涙がポロポロポロポロ溢れて止まらなくなってしまいました。


この事は今でもトラウマになっています。


「大丈夫ですよ。変な電話がかかってきて『今からそっちに行く』と言っても気にすることはありません。
交通費を使ってわざわざここまで来るわけないんですから。
万が一来たらすぐに電話を下さい。」
とおっしゃってくれました。


しばらくすると玄関のチャイムが鳴り恐る恐るインターホンに出るとお巡りさんでした。

 
びっくりしました。
住所も名前も恥ずかしくて告げてないのに・・・。
心配して来てくださったんだと思います。

そういうネットワークができてるんだなあと思い少し安心しました。







 元夫(もう別れているので)の身内が「民生」の存在を教えてくれて「個人再生」の手続きをすることになりました。

「個人再生」をすることで500万円の借金が330万円ほどに圧縮されたと記憶しています。


元夫の兄弟が子ども達のためにと少し援助もしてくれました。


元夫は本業と週3日ほど深夜のコンビニのバイトを掛け持ちしてローン会社の借金は5年で全て完済しました。


引き落とされるのは3ヶ月毎でした。


それぞれのローン会社指定の
口座をつくり毎月給料や元夫のバイト代を預け入れをしてました。


こお給料日に借金返済の振込みための銀行巡りをするのです。


この作業もなかなか辛いものでした。


返済の完了確認は私が各ローン会社に電話して郵送してもらいました。


元夫は昼も夜も働き大変だったと思います。
自業自得だとはいえよく頑張ったと思います。


 長女は小学校4年生次女は2年生になる春、新学期に合わせて元の支店に戻ることになり
こちらに戻ってきました。


ローン会社からの借金はもう完済したので元夫の兄弟が好意で貸してくれたお金を月1万円ずつでもお返しできるのがほんとうに嬉しかった。


 子どもたちには真っ直ぐ育ってほしかったので「父親」の悪口などは一切言いませんでした。


子どもたちは「父親」の事が大好きで長女は「パパかっこいい、おもしろい。
パパみたいな人とけっこんする」と言うほどです。
もう済んだことだから過去の借金を責めるような事はもちろん言っていません
新たな気持ちでやり直したかったからです。


 こちらに戻って7年本当に普通に穏やかに暮らしていました。


 そんなある日


カード会社から利用明細の案内が届いたので不安な気持ちを押えつつ「これは何?」と聞きました。


すると


元夫は「会社の付き合いで肩代わりしている。
自分の借金ではないので大丈夫名前を貸しているだけ」
と言いました。


おかしい・・・


思いましたが苦労して借金を返した経緯がある。
もう懲りているだろうとも思いました。


何より信じたかった。


子どもたちの大学受験にかかる費用のことを考えてくれてるだろうから


大丈夫、大丈夫と


自分に繰り返し言い聞かせ納得させました。


 私が甘かったのです。


いえ


大丈夫だと思った方が 楽だったからかも知れません。

その場しのぎの安心を選んだのです。


その後次々と利用明細書や督促状が届きました。


そして


私の名前で督促がきました。

もちろん私に身に覚えはありません。

無断で私のお財布からカードを抜き出し使用したのです。


気持ちが悪い。


抜き出したカードの番号を書き写したりパソコンの履歴などを利用したのだと思います。


元夫がパソコンを使っている時、私の顔をチラチラ見ながら喜々としたような目が泳いでいるような、なんか変な表情をしていた事を思い出しました。
おそらくあの時だと思います。


私のプライバシーが侵されています。


これは犯罪であり精神的虐待だと思っています。


 今回130万円程は返済しましたが残金は300万円以上はあるのではないでしょうか。


はっきり言わないので正確にはわかりません。


私名義の借金は110万円ほどあります。


RカードとLカードの2社です。
何の借金かと問い詰めましたら仕事の付き合いで使った。
使いすぎた穴を埋めるのに競馬に使ったとのことでした。


また競馬です。
まったく学習しない人です。

                     
     




調停離婚 私の主張書面 ①
調停離婚 私の主張書面 ③

最後まで読んで下さってありがとうございました

調停離婚 私の主張書面 ③



夫の言動がおかしい・・・。


似合わないことを言うのです。


「自分は人気者だ」と。


もともと無口でおとなしい性格人付き合いが苦手で友達も少ない人なのに。
聞いてて居心地の悪さを感じました。


その頃 、仕事関係の人とよく飲みに行っていました。


 自分の仕事の成果の自慢をよくしていましたし、支店では自分が1番仕事してて会社に貢献してるような言い方をしてました。
決してこんなことを言う人ではありません。
出世欲がない人です。
これをhigh状態というのでしょうか。


 借金をした理由に取引先の人に40万ほど貸している。
事情があって今は返してもらえない。
仕事をもらうのに必要だったと言っています。
真偽はわかりません。


上手におだてられ騙されたかな?という気がしないでもありません。

本人は言わないので全くわかりませんが。


 私はもう生きてる実感がなくなりました。


足元がふわふわしています。
家の中で財布を持ってウロウロしています。


通帳や印鑑を元夫が持ち出さないように、見つけられないようにと保管した場所が自分でわからなくなり探し物ばかりしています。


いつも胸がザワザワしています。


お風呂に入っている時も食事をしている時も全く落ち着くことができません。
いつも奥歯に力が入っています。
顔つきが変わってきたように見えます。






 私がこの婚姻関係を続けていくのはもう無理だと思った1番の理由は、「勉強が好き」と言い毎日お勉強を頑張っている長女の事を見ているはずなのに自分はギャンブルで借金を重ね「大学に行きたかったら自分の力で行けばいい」と言った事を許すことができないからです。


こんなこと父親の事が大好きな長女にはとても言えません。


追い詰められての言葉だとは思いますがこれは我慢できませんでした。

余裕のある家計ではないことを知っている長女は国立大学を第1志望していて奨学金の申請もしています。


自分の力で行こうとしているのです。


塾に行かせてやることもできずにいることを申し訳なく思っています。
次女は高校生でまだまだお金がかかるし目も離せません。


 親として安心して学べる環境、、温かいご飯、ゆっくりと体を休めることのできる生活の場を用意するのは当たり前のことです。


そんな当たり前のことができなくなるような事態になっています。


あまりの価値観の違いにもうここまで。


父親としても失格なんだな・・・。


縁の切れる音が聞こえました。


 私のかわいい子どもたち。

2人とも部活を頑張っています。
お友達が多く休み明けにはお土産をたくさん貰ってきます。
私たちは旅行に連れて行ってあげる事ができませんでした。


「東京ディズニーランドへ行ってきたんだってー」と頂いたお土産を無邪気に喜ぶ姿にいつも申し訳なさを感じていました。

 子どもたちは今の住まいを気に入っていて離れるのは絶対にいやだと言っています。
子どもたちの希望は尊重してやりたいと思います。



◆私の希望

①今住んでるマンションは慰謝料としていただきたい。

②残ってる10年のローンの月々の返済及びボーナス月の返済をしてください。
 (マンションの管理費、固定資産税、団体信用生命保険は私が支払います)

③住宅ローン完済後は名義を元妻に変更する。

④厚生年金の分割は50%

⑤私名義のカードを無断使用してつくったあなたのローンの返済をして下さい。

⑥子どもの養育費1人につき毎月5万円支払って下さい。


これが私の家庭裁判所に提出した主張書面の全文です。

調停離婚 私の主張書面 ①
調停離婚 私の主張書面 ②


                        
    




 人当たりのいい借金夫 借金をしなければいい人 


 最後まで読んで下さってありがとうございました

遺産相続という名のあぶく銭


 今日もご覧いただき
ありがとうございます

 29才の普通の会社員の元夫が
2,500万円もの大金をどうして持っていたのか。
わかりますか?

そうそれは、遺産相続です。
親戚のおじいさんの遺産を相続したから、です。
想像つきましたよね?

「学生時代に起業して、それが成功した」
なんていうのならかっこよかったんですけどね


そのおじいさんは元夫のお父さんのおじさんで、
その方のご家族は海外へ移民として渡り、おじいさんは日本に残った。
その後、ご家族とは音信不通になっているので連絡の取りようがなく、元夫が墓守りとして遺産を相続したという事のようです。

あまり詳しいことはわかりませんが。
所詮あぶく銭。

 結婚する前にそのお金の事は聞いていました。

 でも夫婦は結婚してから築いた財産は2人の共有のものですが、結婚する前の財産は共有しないと知っていたので、自分には関係ないものだからあまり興味はありませんでした。
ただ子供にはちゃんとしてくれるだろうと思ってはいました。

 「息子は若い頃に友達と事業をしたが失敗している、お金の管理はあなたがちゃんとしてね」とお義母さんに言われました。
そんな話を聞いても元夫の事を誠実で真面目でちゃんとしていると、信じて疑わなかった私は、あまり気にしませんでした。


お給料は私が預かって元夫に渡すというお小遣い制でした。

それが面白くなかったのかな・・・。

お金の扱いについては結婚する前に、お相手と2人で十分に話し合うよう、子どもたちには言わなければと思っています。




 元夫は無口で、思ってることもあまり言わない人です。
だから私が突き付けた離婚の時の要求は全て受け入れました。
別れる時も今も元夫の正確な借金の額はわからないままです。

月にいくら返済してるのか・・・。

いくら聞いても言わないのです、調停委員にも聞いてもらうように頼んでましたが、言いませんでした。
だから、わざときついだろうと思う要求を出して、無理やり聞き出そうとしました。
月々の返済先や、返済の額を話してくれると思ったのです。
住宅ローンを月額9万円と月10万円の養育費を私に払いながら借金を返し、自分も暮らしていかなければいけない。
これは元夫の月給からみて相当きついと思います。
その無理な要求を「やってみないとわからない」と言って受け入れました。


そのせいで私たち、今とてもヘンテコな事になっています


最後まで読んで下さってありがとうございました

       



借金夫が原因の後遺症は湿疹と突発性難聴



 今日もご覧いただきありがとうございます


 離婚を決めるまでほんとに悩みました。

大学受験を控えた高校3年生の長女と、高校1年生の次女がいます。
母子3人ちゃんと暮らしていけるのか・・・。


ストレスが原因だと思います、顔以外の全身に「湿疹」ができました。
顔にできなかったのが不幸中の幸いです。
もうかゆくてかゆくて
お風呂につかると体が温まるのでそれはもう余計に・・・。
仕事中でも急にかゆくなるのです。
病院で飲み薬を処方してもらい服用しても全く効かず、
塗り薬を塗っても一向に良くなりませんでした。


お薬が全く効かないので原因を探るために血液検査をしました。


結果は、何のアレルギーもなく「100点満点の血液だ」と、お医者さんから褒められました。
スゴイでしょー!1
00点満点とったのは小学校3年生の方角のテストの時、なのでかれこれ43年以来。


・・・年月の流れは早い・・・。



「でも、反対にこれでは原因がわからない、お手上げ」って。

湿疹と同時期に、右耳も聞こえにくくなりました。

  

 頭の奥の方で膜を張っているようなぼやーっとした感じです。
耳鼻咽喉科で診察してもらったら「突発性難聴」と診断されました。

こちらの方は加齢のせいかも?と、言われましたが、私はストレスだと思っています。
今、湿疹の方はやっと治まりましたが右耳はおかしいままです。
治る見込みはありません。


こうして神経を削って生きております。


 最後まで読んで下さってありがとうございました
    
       



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